2008年07月10日
60年ぶり抑留の地へ 井波の山田さん、モンゴルに慰霊の旅

全国強制抑留者協会理事・同協会県支部長の山田秀三さん(90)=南砺市井波=が15日から、第2次大戦後約2年間にわたり強制労働させられたモンゴル・ウランバートルを約60年ぶりに訪れる。山田さんはシベリアへの墓参は4回行っているが、モンゴルの再訪は初めて。かつて建設に携わった公共施設や、抑留中に死亡した日本人の慰霊碑などを巡る予定で、飢えと酷寒で命を落とした仲間への鎮魂の思いに駆られている。
山田さんは昭和20年8月、航空部隊の燃料の警備を担当していた中国・錦州で終戦を迎えた。帰国できると期待したが、貨車で阜新(ふしん)に運ばれ、約1カ月間、火力発電所のタービンの解体作業をさせられた。11月に再びすし詰めの貨車に乗せられ、シベリアを経て同年12月にウランバートルに着いた。
当初は地下の野菜貯蔵庫に収容され、氷点下40度にもなる極寒の中、21年4月ごろまで、数キロ離れた川から氷を運ぶ作業に従事。別の収容所に移り、劇場や大学、領事館などの建設の基礎工事をさせられた後、22年10月ごろまでれんが造りに携わり、同年11月に帰国した。戦後、旧ソ連軍によるシベリア抑留者のうち約1万3000人がモンゴル人民共和国(当時)に移送され、約1600人が亡くなったという。
これまで、モンゴルでの抑留体験者から同国再訪の誘いがあったが、つらい思い出や寂しさが募り断ってきた。今回の訪問は、モンゴルを訪れたことがある知人の誘いをきっかけに、移動や通訳などの全面的な支援が得られたため実現した。15日に富山空港から韓国・仁川経由でモンゴルに入り、妻のせつ子さん(86)や、東京に住む長女と次女らも同行する。16日は慰霊碑やかつて建設にかかわった劇場、17日は収容所やれんが工場の跡などを回り、20日に帰国する。
公民館などでの講演会に招かれ、抑留体験を語っている山田さんは「モンゴルで亡くなった人の慰霊碑にお参りしないと気が済まない。戦争を知らない人が多くなったが、今後も平和の大切さを伝えていきたい」と話している。
井波
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