2007年11月21日
栃木、茨城で子孫と交流 城端信末地区住民

南砺市信末(のぶすえ)地区(城端)の住民が、江戸時代に同地区から多くの農民が移り住んだ栃木県小山市や茨城県結城市などを訪れ、「信末」姓を名乗る移民の子孫と交流を深め、先祖の苦労に思いをはせた。
栃木、茨城両県など北関東の耕地は、江戸時代後期の天明3(1783)年に起きた浅間山の噴火で荒廃し、農民が耕地を放棄。加賀藩の領内から浄土真宗の門徒が多数移り住み、農地を開拓した。
昭和60年に信末姓の7人が信末地区を訪れたのがきっかけで移民の子孫との交流が始まった。その後、何回か行き来があり、平成15年には約20人が同地区を訪問した。
信末地区から大人数で訪問するのは今回が初めてで、今月10、11の両日にツアーを行い、西川武志区長ら24人が参加した。
初日は信末姓の人が住む小山、結城両市の地区や先祖の墓を巡った。結城市での交流会では信末地区の獅子舞を披露した。
2日目は、親鸞聖人が「教行信証」を執筆し、各地からの移民の引受人となったと伝えられる浄土真宗別格本山西念寺(茨城県笠間市)を見学し、記念写真に納まった。
ツアーに参加した元信末区長の水上成雄さん(69)は「先祖が信末姓を名乗ったのは古里への思いがあったからだろう。同郷の先祖を持つ者同士、交流を深めたい」と話している。
城端
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